スーパースターブログ

ひたすら興味のあることだけを書いていく雑記ブログ。

田中角栄について

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戦後のかたちを作ってきたのは実は田中角栄ではないかということで田中さんについて書いていく。

 

生きた金の使い方

福田派のある議員が入院したとき田中さん自ら見舞いに行きました。議員からすればそれだけでも恐縮するのに、帰り際にさりげなく封筒が置いてある。見舞い金は50万円ぐらいかなと思って中身をたしかめると、これが500万円

こうやって隠れ田中派を増やしていくのです。

 

日中国交正常化

1972年2月、なんとニクソン大統領がいきなり訪中して大陸中国と和解したものだから、日本はびっくり仰天。(これがいわゆる頭越し外交

ニクソン大統領訪中から半年も経たない頃、田中さんが総理になりました。国民の多くは中国との国交正常化を望んでいるのですが、国内の政治状況はまだまだそれを許さない。外遊にいつも連れていく娘を日本に戻ったら殺されるかもしれないと置いて行ったほどです。(命を懸けた外交交渉)

面白いのは、このとき福田派は田中さんの日中国交正常化に猛反発をしたのですが国交正常化を正式に具体化した日中平和友好条約は次の次の福田政権の手で行われたことです。

 

日本列島改造論

経済部の新聞記者や通産官僚などを集め、通商大臣のときの田中さんがこれからの日本列島はどうあるべきかの構想を語り、記者たちが本にまとめました。

それが93万部という大ベストセラーになった日本列島改造論です。この本が売れた理由に間も無く田中さんは総理大臣になるだろうという思惑が合った。

 

金脈

1974年10月文藝春秋11月号特別号が出ました。表紙は田中角栄研究 その金脈と人脈

角栄がいかにして金脈を掘り起こし、いかにして資金を集めることができたか、確たるデータを元にして徹底的に調べ上げているのです。(データを持って語らせるとは、こういうことなのか、これこそジャーナリズムのあるべき姿)

記事が出た翌月、日本外国特派員協会がこの問題を取り上げました。田中さんをゲスト・スピーチに招くことは文春記事の前から決まっていたそうです。新聞もテレビも外国特派員協会で金脈問題が追及されたというかっこうで報道。

やがて田中さんはオイルショック問題も手伝って辞意を表明。

 

引用元

池上彰『日本の戦後を知るための12人 池上彰の〈夜間授業〉』株式会社文藝春秋 2019年