スーパースターブログ

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書籍『国家の怠慢』 感想

 

概要

新型コロナウイルスは日本システムの不備を残酷なまでに炙り出した。それは政治、行政、マスコミの不作為がもたらした当然の結果でもあった。これまで多くの改革を成し遂げてきた二人の筆者が問題の核心を徹底的に論じ合う。

 

政治任用

統治機構の観点から見ると、日本の場合、専門家を要職で登用するということはない。役所は役所で一生役所にいる。固定的な終身雇用的社会の制約がある。アメリカだと学者が政府の中枢ポストに政治任用で入ってきて、またその後政府外に戻っていくようなことが普通にある。そういった経験を得ることで政策決定と学問の世界にまたがった経験・知見を蓄積するサイクルがある。

 

クルーズ船

クルーズ船は横浜に入港した。クルーズ船の船籍はイギリスなので、国際法の常識では旗国主義と言って、イギリスが責任を持つべきである。だから本来日本として入港拒否すべきである。拒否していたらイギリスが出港港の香港と交渉していた。その間に、日本政府はチャーター船を出して、日本人乗客を救出に行けばいい。

 

経済対策

経済対策を作るときには、一番満たすべき要素から考えていく。それが一番満たすべき要素というのは、経済ショックがあってGDPが急減する。GDPがすごく減るということは、その後にすぐにわかるのは、それで雇用が失われる。だいだいGDPが何%くらい失われると雇用が何%くらい失われるというのは結構関係がある。だからどこの国でも、GDPの落ち込みを防ぐというのが原則になる。そうすると、GDPが何%落ちますという予測があれば、その分だけGDPを何%押し上げなければならない、というのが経済的な解なわけである。

こういう時はまず消費が落ちるから、消費を喚起してやるというのが簡単なやり方になる。消費を喚起するのは簡単で可処分所得を増やせばいい。簡単なのが消費税減税と所得税減税、後現金給付。この減税と給付金の二つが基本である。

 

教育の投資

教育というのは投資に一番向いている案件なので、将来の投資として国債を出してやればいい。この教育国際という発想は、元々財務省にあって財務省も否定しにくいものである。

教育というのは非常に予算が低いが、それは国債でやらないからである。要するに人への投資、知識への投資だと考えれば、普通の経常経費じゃないから国債でやれば良い。コストパフォーマンスを量ると、普通の公共事業より結構いい。

 

マイナンバー

マイナンバーが機能していないから、国民への支援策をどうしようと時に、商品券なんていう話が出てくる。マイナンバーを持っていてそれが銀行口座にリンクしていたら、そこに振り込めば給付金はすぐに実施できる。だから、マイナンバーの行政での利用があんまり遅れていて、社会インフラとして機能してなかったので、今回のようなコロナ危機でものすごく大変なことになる。いろいろな手続きの申請何かもマイナンバーがあったら簡単にオンラインでできる。

 

規制の虜

民間企業が役所とズブズブになってしまうのは、経済学でいう規制の虜という。規制の虜というのは役所の方が取り込まれることである。

例えば原発なんかもその典型で、規制当局が取り込まれちゃって真っ当な規制ができない。そういうパターンである。こういうのは理論があって、民営化ができないからある部分を政府で抱える。政府が抱えると、本当は民間でやってもいいような話をやらない。まともなことができない。

その典型例が高速道路のサービスエリアである。道路公団の時にはサービスエリアなんかは全部、道路公団の人が運営しているから話にならない。そういうのはなるべく民間でやった方がいいという、経済学の民営化原理というのがある。

 

鉄のトライアングル

一旦その業界に入って、既得権を持っている人たちの利益が優先され、新規参入してくる人や新しいサービスを生み出そうとする人たちが軽視されている。

なぜこうなるかというと、これはよく鉄のトライアングルと言われる仕組みであって、業界団体と族議員と役所が一緒になって、歪んだ政策を作りがちになる。既得権業界は票を持っていて、政治家は票を持っているそちらの人たちの意向を優先しがちになる。

なので、社会全体でいうと既得権を持っている人たちはごく少数であり、その利益の総量も社会全体の利益の中ではごく少ないが政治の世界に行くと、そうしたごく一部の利益の方が優先されて政策決定がなされる。これが一つ。

もう一つは役所の側の問題で、一部の既得権と国全体の利益が乖離した時にどっち優先するかというと、役所はたいてい既得権の側につく。なぜなら、役所は縦割りになっており、なんとか業の所管の役所とか所管の局とか所管の課が必ずある。そこの課長からしたら、自分の業界のために仕事をするのは当たり前である。自分の所管の業界よりも国民全体のために仕事をしまうと言ったら、仕事をちゃんとしていないと言われ、業界や役所内でも怒られる。

 

大学設置

小泉改革になってからちょっと難しい分野の改革に取り組んだ。その一つが大学である。大学設置規制は、既得権保護の典型で新規参入は基本認めない一方、一旦作られたら私学助成金を出して守り抜くという仕組みである。一旦入った人にとっては天国みたいな世界が出来上がっている。

議論を散々やって方針転換が決まり、2002年に閣議決定で、大学認可についてはこれまでのようなやり方ではなく、事前規制型から事後チェック型に切り替えることになった。これは当時、いろんな分野で横断的に進められた規制改革の基本的な考え方である。

なので、規制改革の経緯として、加計学園の問題というか獣医学部の設置規制の問題は、すでに2002年に決着している。事前規制で新規参入は一切認めないなんて規制はやめましょうと、その時点で決定していた。

 

需給調整

行政が需給調整をやりませんというのは世界中の規制改革の基本的な考え方である。かつては、20世紀の半ばぐらいには重要な産業分野、例えば通信などの分野で行政が需給調整の規制をやっていた。

これは需給を政府が正しく把握できるという前提である。しかし、経済活動が複雑に広がっていく中で20世紀の半ば過ぎになって、政府がそんなことを全部把握できるわけがないと行って始めたのが規制改革。アメリカのカーター政権の時に航空分野で始めたのが一番最初で政府が需給調整をやるのは無茶だからやめましょうという流れになる。基本的な政府の役割論としてはとっくに終わっている話である。

 

漁業権

漁業は国家戦略特区でやっていたが、漁業権の運用が不透明で、地元の漁協が利権を独り占めするような構図がままある。

例えば養殖をやる時には、場所の利権を得て養殖事業をやるのですけど、その時に漁協が間に入ってきて、みかじめ料みたいのをとるケースがある。お金を払わないと養殖事業ができない。県が養殖業者に許可を出しているはずなのに、なぜか漁協が入ってお金をとっているなんてケースがある。

 

インターネットでの薬

もともとインターネットで薬を売っちゃいけないとは法律のどこにも書いていなかったのに、厚生省が省令で禁止にした。それは法律に基づかずに営業の自由を制約しているだから憲法違反じゃないかという訴訟をやった人がいて、結局、厚生省は省令での規制はやめた。

 

熊本市の遠隔教育

熊本市は4月の緊急事態宣言の後にすぐに、市内の全小中学校でオンライン授業を始めた。熊本市の教育長は、生徒たちの家庭を全部調査して、パソコンが使えない家には学校にあるパソコンをかき集めて配って授業を受けられるようにした。

もう一つやったことは熊本の民放4局・NHKと一緒になって授業番組を作った。3月はずっと学校がやっていなかったから、それぞれの学年で、その間のやっていない授業の単元がある。その補習授業をやってあげるために番組を共同で作ってテレビのサブチャンネルで流した。

 

今後

長年の懸念である東京一極集中、地方創生と言った課題も、全く新たな解決の道筋が出てくる。リモートワークとオンライン会議で仕事のやり方が大きく変わりつつある。

注意しないといけないのは、リモートワークになれば、みんな地方に住むはずと言った安易な期待はダメである。これは過去にも似た話がある。日本中に空港と新幹線が整備され始めた当時、推進した政治家たちの言い分は移動時間が減って便利になれば、地方が活性化するはずだ。しかし、現実に起きたことは逆だ。日帰り出張できるようになり、仕事の拠点は東京に集中した。