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書籍『戦後経済史は嘘ばかり 日本の未来を読み解く正しい視点』 感想

 

概要

日本経済の歩みの要因分析について、あまりに広く間違いだらけの常識、思い込みが流布している。

本書では明快に解き明かされている。

 

資本主義

戦後の日本経済は、アメリカの占領政策によって資本主義が根付いて経済が生まれ変わったかのように誤解している人がいる。

しかし、日本はアメリカの占領政策を待つまでもなく、元々資本主義の精神が根付いた国である。資本主義の土壌があった上に、アメリカの占領政策が加わったことで戦後の経済発展の基盤が整ったとみるべきである。

明治維新の当初は日本には産業が育っていませんでしたので、官営で産業振興が図られましたが、産業が育ってくるにつれて、官営事業は民間に払い下げられた。

大正時代には、第一次世界大戦による好景気で成金が出現するなど、資本主義経済が進んでいtった。

ところが戦争の足音が近づいてきて国の仕組みが変わった。戦時体制に移行し、経済は統制経済に変わった。

戦前からの流れを追っていけば、日本には元々資本主義の考え方が根付いていたものが、たまたま戦争によって統制経済になっていただけであり、敗戦により統制経済から資本主義経済に戻されたと見るべきである。

 

国際金融のトリレンマ

国際金融のトリレンマを知っておくと経済のことが理解しやすくなる。

トリレンマは3つの命題が一度には成り立たない状況のことである。トリレンマは3つの命題のうち最大2つしか成り立たない。

国際金融のトリレンマの命題は次の3つである。

自由な資本移動固定為替相場独立した金融政策

資本主義の際、必ず自由な資本移動を選ばざるえない。自由な資本移動は各国で資本を融通するというもので、これができないと自由貿易体制は成り立たない。

資本主義社会では自由な資本移動は絶対条件のため、残り2つのうち1つしか選べなくなる。

固定為替相場を選べば、為替レートに左右されずに貿易ができるので、輸出入企業にとっては恩恵がある。その代わり、国内の独立した金融政策を打てなくなる。

一方、変動為替相場を選ぶと、貿易している企業は為替変動に晒されるが国内で独立した金融政策をとることができるようになる。

固定為替相場と独立した金融政策が両立しない理由は、為替介入である。固定相場というのはほっといても相場が維持されるのではなく、相場を維持するために介入し続けないといけない制度である。

介入のために嫌でも円を刷らなければならないので、独立した金融政策を行うことができない。

 

 

マンデル・フレミング効果

マクロ経済学にはマンデル・フレミング効果というものがある。

マクロ経済政策には二つの政策しかない。一つは税金をとって公共投資をする財政政策、もう一つは金融政策である。

マンデル・フレミング効果は固定相場制の時には、財政政策が効いて金融政策は効かない。変動相場制の時には、財政政策があまり効かなくて金融政策が効くというものである。

 

社会主義と資本主義の違い

社会主義と資本主義の違いはミクロ経済学の領域への政府の介入の度合いの差である。官僚がミクロに介入して賢く運営しようとするのが社会主義。一方、官僚はマクロのことだけをやり、ミクロのことは分権化して市場に任せるのが資本主義である。

官僚が細かいことまで賢く運営するのは極めて困難である。どんなスーパーマンのような官僚でも、末端の取引のことまで全部わかるはずがない。

官僚がミクロのことまで取り仕切ることができないと考え、分権して市場に任せないとやっていけない。

 

日銀の独立性

中央銀行の独立性には手段の独立性目標の独立性の二つがある。イングランド銀行は、法改正で手段の独立性を高めた。目標の方は政府が与えるというのがイギリスのやり方である。

日本の場合は、イギリスの例を調べず議論のなく法改正されてしまったので、手段の独立性と目標の独立性が曖昧なまま進んでいた。

日銀はそこをついて手段の独立性も目標の独立性も自分たちにあると主張し、目標の独立性を既得権のような格好にしていった。そのため、インフレ目標を政府が示したら、日銀の独立性は失われるなどと世界の非常識ともいえる意見が大手を振るうことになった。

 

日本の一人負け

リーマン・ショックは日本と外国との政策の違いが如実に現れた出来事である。

リーマン・ショック後各国がお金を大量に刷ったのに対して、日本だけはお金を刷らなかった。そのため猛烈な円高が進んだ。その結果、震源地のアメリカや他の国が程なく回復していったのに、日本だけがリーマン・ショックの後遺症をいつまでも引きずることになった。

 

 

自由貿易

歴史的に振り返ると自由貿易が推進された理由は、戦争の抑止と密接に関連している。

1929年の世界恐慌以降、世界経済はブロック化の方向に進んだ。ブロックの権益を守るため、ブロック間で摩擦や対立が起った。また、高い関税や資源の輸出制限が掛けられ、それが第二次世界大戦につながった要因と考えられている。

戦争の反省のもと、世界の国々は貿易の自由化を進めることになった。戦後の貿易自由化は、経済目的で始まったものというより、戦争を防ぐために始まったものである。

 

マクロ経済政策

失業者を最小化することこそが、マクロ経済政策の目的ということである。

失業者が減っているのなら、その経済政策は概ね正しい政策といえる。

マクロ経済政策というのは普通にやっていれば、うまくいく経済環境を作り出すためのものである。その経済環境に最も大きな影響を与えていたのは為替レートである。