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『憲法学の病』 感想

 

概要

憲法が制定された文脈と国際法の常識に照らし合わせた時、本当は国際主義的な日本国憲法の真の姿が明らかとなる。東大法学部を頂点とするガラパゴス憲法学の病理を、平和構築を専門とする筆者が解剖する。

 

集団的自衛権

2015年、平和安全法制が審議された際、集団的自衛権の合憲性が話題になった。憲法学者らは、取り憑かれたかのように集団的自衛権違憲だと叫んだ。

憲法学者たちの運動は、長谷部恭男元東京大学法学部教授が、国会で参考人招致された際集団的自衛権違憲だと発言した時から盛り上げを見せた。しかし、実は憲法学界の最高峰に位置すると言ってもよい存在の彼の一連の政権批判の記述を見ると、真面目な集団的自衛権違憲論はほとんど提示されていないことに驚かされる。彼の主張しているのは、一度決めたことは変えるなということでしかない。

彼によれば、内閣法制局見解を首相のイニシアチブで変更するとしたら、それは立憲主義の破壊だという大袈裟すぎる言辞である。

 

憲法学者国際政治学

既得権益をめぐる政争を超えて、集団的自衛権の問題を見るならば興味深い構造が見える。憲法学者のほとんどが、集団的自衛権の行使は違憲だと考える。ところが、安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会に集まった学者らは、そのように考えなかった。

憲法学者に言わせれば、憲法を知らないから国際政治学者らは集団的自衛権を合憲だと言えることができる。

問題の構図は、国際政治学者が憲法を知らないことによってではなく、憲法学者国際法を知らないことによって生まれてきているのではないか。

自衛権は、本来的に国際法の概念である。もし憲法学者が介入して感情的になってでも違憲を主張するのであれば、内閣法制局の見解を変えてはいけないという政治活動を盛り上げるのを憲法学者の仕事だといった他人任せの態度は、許されない。

 

個別的自衛権集団的自衛権

個別的自衛権は合憲だが、集団的自衛権違憲だという議論がある。

少なくとも憲法典を読む限り、そのようなことは書かれていない。

石川健治東京大学法学部教授などの憲法学者によれば、そもそも個別自衛権だけが真の自衛権で、集団的自衛権は異物である。

国際法上の概念である自衛権国際法とは関係のない尺度で測って審査しようとするから、国際法上の二つの概念のうち、一つが真正だが、もう一つは異物だなという的外れな話が生まれてきてしまう。

 

自衛権

自衛権とは、違法行為に対抗する措置として、国際秩序を維持するための公権力の行使なのである。その点では、一つの国家が単独で自衛権を行使する個別的自衛権も、複数の国家が集団で自衛権を行使する集団的自衛権もその意義は同じである。

日本が1941年12月8日にイギリス領マレー半島アメリカ合衆国ハワイ真珠湾を攻撃した後、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、オランダなどが対日戦に参加した。これらの連合国側諸国は、日本に対して自衛権を発動した英米両国とともに共同戦線を張った。国連憲章51条は存在していなかったが、国際連盟規約と不戦条約の枠組みにしたがって、事実上の集団的自衛権を発動して戦争に参加した。

憲法学者集団的自衛権は異物だという。集団的自衛権の考え方を否定することは、戦前の大日本帝国を擁護して、連合国側の諸国の行動を否定することに等しい。

 

1972年内閣法制局見解

1972年内閣法制局見解は、憲法学のガラバゴス議論を、そのまま映し出したようなものであった。

憲法13条の生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利自衛権の合憲性の根拠となるが、この13条は自国が武力攻撃を受けた時にした発動されないという議論である。

13条と9条の間の線引きを、個別的自衛権集団的自衛権の個別によって行おうとしたのは、1972年内閣法制局見解が初めての文書である。

残念ながら、自国が攻撃されていなくても13条が侵害されている状況は想像ができる。72年見解の論理に従うと、海外で日本国民が武力攻撃を受けて殺害されても、13条は侵害されていないことになる。ナンセンスである。

72年見解は、本来は個人の権利の規定である13条の問題を、日本という国家への攻撃という別次元の問題に完全に移し替えてしまっている点で、大きな問題をはらんだものである。

個人の権利を守るために公権力が予防行動をとることも72年見解を禁止する。なぜなら個人の権利の侵害は、国家が攻撃されるまでは対抗してはいけないものだからだという。契約論的な立憲主義の考え方に反した、恐るべき国家中心主義の考え方である。

なぜこのような国家中心主義の考え方が堂々と主張されたのかと言えば、ドイツ国法学に沿った国家法人説の思想を信奉しすぎていて、極端に大真面目に個人の存在と国家の存在を同一視しているからなのである。

政府レベルでは、72年見解になって初めて、個人の権利がドイツ国法学の国家主義に飲まれてしまったのである。

なお72年見解は、必要な自衛の措置は必要最小限度の範囲にとどまるべきなので、集団的自衛権違憲だという論理構成を提示したことにおいても、問題をはらんでいる。

 

政治的背景

1960年代末に集団的自衛権違憲論が政府見解になった背景として、ちょうど同じ頃、佐藤栄作首相が沖縄返還を現実的な政策目標として掲げたことが大きく影響していたと考えるべきである。当時の国際法学者は、連日のようにベトナムに向けて米軍の爆撃機が飛び立っている沖縄が日本に返還されれば、日本もまた集団的自衛権を行使している状態に入り、ベトナム戦争の当時者になる恐れがあると指摘していた。

沖縄返還は達成したいが、ベトナム戦争の当事者にはなりたくない。そう考えた佐藤政権と、1972年に成立した田中角栄政権が推進したウルトラCの方策が行使を禁じているので、行使しているように見えても、日本は集団的自衛権を行使していないという言い訳である。

72年見解の日本は集団的自衛権を保持しているが、実は行使できないという奇妙主張は、いわば政治的目標を達成するための詭弁である。

 

 

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