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『日本の民主主義はなぜ世界一長く続いているのか』 感想

 

概要

本書では、日本と西洋における民主主義の発展の歴史を眺めつつ、現代の日本が民主主義を正しく機能させるために必要な点をあぶり出していきたい。

 

 

民主主義

民主主義を導入しても必ずしも国が安定し、国民が幸せになるとは限らない。

しかし民主主義=絶対に正しいと思い込むよりも、注意深く民主主義は一歩間違えば恐ろしい結果を招くという認識に立つ方が、よほど健全といえる。

 

主権

主権は法学の用語としては明確に定義されており、議論の余地はない。国の政治の在り方を最終的に決める力という意味である。

国民が主権を持っていれば国民主権、君主が持っていれば君主主権となる。

 

君民一体

法律を作るのは国民だが、それを公布するのは天皇である。内閣総理大臣を決めるのは国民ですが、それを任免するのは天皇である。すなわち日本では、天皇と国民が一体となった時に主権が行使される。

日本の主権者は誰なのか。結論を先にいえば、天皇と国民が一体となった君民一体の姿こそ、我が国の主権のあり方である。

 

国民の幸せ

天皇と国民が一体となり、共に国を統べる君民共治こそ、日本の伝統的な統治形式なのである。

それが証拠に二千年以上の間、歴代の天皇が朝夕一日も休まずに続けたのは国民の幸せを祈ること。しかも国民全体の幸せを祈るのでは。国民一人ひとりの幸せを祈るのである。

 

民衆の意思

これまで人類が経験した最も悲惨な出来事といえば、二つの世界大戦である。

両大戦に共通するのは、戦争を望んだのは通説が記すように軍部や政治指導者の意向だけでなく、実は民衆の意思だったということ。言葉を言い換えれば、多数派の意思に基づく民主主義こそが人類最大の惨禍である二つの対戦をもたらした。

 

戦前も日本は民主主義

現在より国民の権利は制限されていたものの、戦前の日本は歴とした民主主義国である。

当時の議会は憲法改正案や法案をはじめ政府提出の予算案の審議・議決にあたるなど、一定の力を有していた。

いくら政府や軍が法律や予算を成立させたくても、帝国議会はそれを拒否できる。

 

戦争の勝敗

正義の有無と戦争の勝敗には何ら因果関係はない。正しいから常に戦争に勝つとも限らないし、負けたからといって不道徳と限らない。その意味で歴史が勝者が作るものという言葉は大変に重い。

 

フランス革命の影

現在の3色のフランス国旗はフランス革命期に制定されたもので、青は自由、白は平等、赤は博愛を表す。このうち、のちの共産主義社会主義思想の源流となったのが平等の観念である。言い換えれば、フランス革命こそソ連中華人民共和国北朝鮮を始めとする社会主義国の生みの親であったといえる。共産主義社会主義における平等の理念を追求した結果、ソ連の大粛清や中華人民共和国文化大革命によって数百万人が亡くなった歴史を振り返れば、到底人類の大いなる進歩、快挙とは言い難い。

 

御所千度参り

多数の餓死者が出る飢饉として天明の飢饉があった。天明2年から天明8年にかけて農村で百姓一揆が頻発し、江戸や大坂などの大都市で打ちこわしが起こった。

飢餓に苦しむ日本の民衆は京都御所に大挙し、光格天皇を拝んだ。一日に数万人の民衆が禁裏御所に押し寄せ、天皇に祈願する事態が三ヶ月以上も続いた。

御所千度参りと呼ばれるこの現象には、京都だけでなく周辺の都市からも多くの人が加わり、1日の祈願者は最高で7万人に上った。

光格天皇は民の期待に応えて事態に収拾を図るため、幕府に窮民救済を申し入れた。困窮する民を救う目的であれば、天皇が幕府に政府提言することがあるという先例を築いた点で、御所千度参りは重要な出来事である。

 

 

祈る存在

天皇陛下の象徴としてのお勤めについての天皇陛下のおことばの中に、天皇の役割について言及なさった部分がある。

「私がこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」

このように、天皇とは何よりも祈る存在なのである。何を祈っておいでかといえば、国民一人ひとりの幸せである。

 

保守主義の父

保守主義の父といわれるエドマンド・バークが残した警鐘には、深く耳を傾けるべき価値がある。

バークは著書『フランス革命省察』のなかで、慣習法や伝統が大切なのは、それが社会秩序を維持するモラルやマナー、ルールの元になっているからだと述べる。国民が慣習法を守らずして国家が自由や平等を守るのは不可能である。

慣習や伝統を安易に否定して全面的な改革を進めた場合、我々を待つのは自由や平等を破壊する混乱と無秩序、破壊だけだからである。

 

天皇の存在

日本の伝統と慣習を考えた際、天皇の存在こそが、二千年来変わることがなかった我が国の慣習であり、伝統そのものであることに気づく。

天皇の権限について明記したのは、明治22年に制定された大日本帝国憲法が最初である。それ以前に明文化されたものはないが、二千年以上にわたり皇室が存続してきた事実が、天皇の存在の正しさを自ずと証明している。

 

一般意志

ルソーが重視したのは、一般意志という考え方である。公共の利益のために人民が共有しているとする意志のことで、平たくいえば皆が幸せになるための皆の意志である。

国民が望む政治は、個人が置かれた立場や状況によって異なる。例えば高齢者が社会保障をもっと充実させてほしいと思うのに対し、若者は税金を下げてほしいと思う。

このような個人毎に異なる意思(=特殊意志)をいくら集めたところで、正しい政治は行われない。

 

人権の概念

掛け替えないのない価値である人権を持つ人間が、掛け替えのない存在であり続けるにはどうすればよいか。他人をむやみに傷づけ、自分の欲求を最優先するような人間は、価値ある存在にはなりえない。

つまり人権の尊重を重じるのであれば、まず周囲との調和を第一に行動しなければならない。しかし人権の尊重が調和ではなく、むしろ闘争を招いている現状では、そうした理想の実現は期待できない。

 

理性

民主政が持つ暗い側面や病理について、長谷川三千子先生は一口にいえば、民主主義とは人間に理性を使わせないシステムである。そして、そのことが、革命から生まれてきた民主主義の持つ最大の欠陥であり問題なのである。

そもそも理性とは何か。

理性とは、単に宗教や慣習に囚われない合理的ない思考を意味するだけではない。理性を発揮する上で求められるのは、何よりも我々の態度であり、心構えである。

 

集の精神

日本人が伝統的に重んじるのは、何をもっても集議の精神であり、端的に我々の国民性を示している。

古事記』を読むと、この集議の精神が神代の世から大切にされたことが分かる。例えば天照大神が自分一人で決断して神勅を下した例は、実は『古事記』には一つも書かれていない。何かことが起きれば決まって、天の安の河の河原に八百万の神が集められて話し合い、得た結論を最終的に天照大神が詔として発せられる。

古来、日本人は集の精神を政治の基本としてきた。

 

⬇️下記書籍の参照