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『百田尚樹の日本国憲法』 感想

 

概要

日本国憲法とは何なのか、どうして生まれたのか、なぜ今日まで改正できないのかを説明している。

 

憲法を変える

憲法は時代に合わせて必要なものを付け加え、不要なものを削除する。それが憲法である。第二次世界大戦後の1945年から2018年末までに、フランスは27回、ドイツは62回改正している。

 

真理は追求することはない

学問とは真理を追求するものである。しかし、日本の憲法学者は真理の追求はどうでもよく、とにかく日本国憲法こそは絶対不変であり、ありとあらゆる法案や社会現象をこの絶対的な存在の日本国憲法に照らし合わせて、違憲か合憲を判断している。

 

国際法違反

1899年日本を含む32ヶ国はハーグ陸戦条約を締結した。ハーグ陸戦条約では交戦者の資格などを規定している。そして、占領地の法律の尊重も書かれている。戦勝国は絶対的な理由がない限り、敗戦国の法律を尊重しなくてはならない。

GHQは日本の法律どころか、その上の憲法を変えた。これはハーグ陸戦条約に違反している。

 

緊急事態条項

独立国家のための日本国憲法ではない理由は、緊急事態を想定した条文ないことです。有事が起こった際、通常の法律では対処できない。こんな時は政府は超法規的な措置によって果断に対処する必要がある。だから憲法にはそういう場合に備えて、緊急事態条項を明記しておく必要がある。

日本国憲法では緊急事態条項の規定がなく、災害が起こるたびに、政府が後手に回ることがある。東日本大震災の時には、津波に流された所有者不明の自動車を撤去できず、救助が遅れることになった。その理由は財産権は、これを侵してはならないと書かれているからである。

 

穴がある改憲条項

日本国憲法改憲条件はまず国会で投票を行い、両院で議員の3分の2以上の賛成が得られたら、次に国民投票を実施する。この国民投票で2分の1以上の賛成が得られれば、改正できるという。しかし、これには問題がある。国民投票を実施するための法律がなかったのである。

そこで2007年に国民投票法が成立した。

 

ルクセンブルク

近代で非武装中立を唱えた国はルクセンブルクがある。同国は1867年に非武装中立を宣言した。

第一次世界大戦でドイツに侵略されて主権を失い、国土を蹂躙された。戦後再び独立をしたが、第二次世界大戦が起こりドイツにまた侵略され、国土を蹂躙刺された。

戦後ルクセンブルクは81年ぶりに武装した。

 

日本も将来?

2014年にウクライナが自国の領土であるクリミア半島をロシアに占領された。その原因はNATOに加盟していないことである。未加盟だったのには理由がある。

ウクライナの考えを持っている人は人口の約2から3割ほどいた。また様々な親露売国団体はウクライナで自由に活動していた。テレビ番組に出て、反ウクライナ的な論調、ウクライナ国益を損なうような主張をしていた。国民にNATOへのネガティブな感情を植え付けていったのである。

 

工作活動

日本国憲法を一言一句変えることができない理由が、ソ連コミンテルンの流れをくむ国際組織コミンフォルムの工作活動がある

コミンテルンロシア革命をえて社会主義国となったソ連が、地球上全ての国を社会主義・共和主義国家にするために、世界各国に作った組織である。

コミンテルンは消滅したが、1947年にはコミンフォルムが結成された。日本では日本社会党や日本共和党と連携し、憲法改正再軍備を食い止め、日本が真の独立国になることを阻止すべく働きかけた。

 

応戦できない

1993年カンボジア制憲議会総選挙の開催が決まっており、日本からは41人の選挙監視員が派遣された。

PKOにおける自衛隊の任務に護衛は含まれておらず、仮に護衛中に選挙監視員がゲリラに襲われた場合、自衛隊が応戦しようにも第9条があるため応戦できない。

自衛隊員は自分の身を守る場合、つまり正当防衛に該当するときのみ武器の使用が認められている。そこで選挙監視員を護衛中にゲリラに襲われたら、自衛隊が丸腰で飛び出して守る。当然自衛官はゲリラに撃たれるが、その時点で正当防衛が成立する。

護衛任務に34人の隊員が選ばれ、多くは家族に宛てた遺書を書いたそうである。

 

デュープス

知らずうちに共産主義者に操られている。こうした人をアメリカではデュープスと呼ばれる。直訳するとおバカさんですが、政治的な意味を含んでおり、正しくは共産主義者ではないのに、共産主義者と同じことを主張するおバカさんです。

日本を含む自由主義国家において、このデュープスは少なくない。

 

ノーベル賞

憲法9条をノーベル平和賞を受賞させようという運動が3年間あったが、2017年にノーベル委員会から対象外とされた。

この運動のうしろには韓国の団体が連携していることがわかった。自国の憲法では国軍を肯定しておきながら、戦力の放棄を謳った第9条をノーベル平和賞に推薦するとはおかしな話である。

 

教職追放

1945年にGHQは教育民主化という名の下に教職追放を行った。愛国的・保守的な思想を持っていたり、あるいはGHQに批判的だったりした教育や教育関係者を教育現場から排除した。GHQの意向に沿った教育、つまり戦前日本は軍国主義侵略戦争したという自虐史観教育を行うためである。

結果、教育界は左傾化し、自虐史教育が公然と行われることになった。その代表が日教組であり、教育と称して、今も左翼系運動を展開している。

 

安保改正

安保改正は1957年に首相に就任した岸信介が実現させた。岸氏はアメリカ側と交渉を続け、安保条約を改定した新条約の調印に漕ぎ着けた。

アメリカは日本国内に自由に基地を作ることができなくなった。内乱条項を削除された。そして有事の際にアメリカ軍が日本を防衛する義務を生じるようになる。

 

現実は

新安保条約は日本の安全を担保しているのか。

スタンフィールド・ターナー元CIA長官は、もしロシアが日本に核ミサイルを打ち込んでも、アメリカは報復するはずないと断言している。カール・フォード元国務次官補は、日本が中国から核兵器による恫喝をかけられたらどうなるかの問いに、その時は日本に対抗する手段はないと述べている。

 

下記書籍から参照