スーパースターブログ

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『不安を煽りたい人たち』 感想

 

概要

本書は上念さんと篠田さんとの対談形式の本になっている。

 

自衛隊という組織

厚労省は元々平時体制の省庁で、危機管理体制には向かない省庁である。リスクマネジメントに慣れていない。

模範すべき組織は自衛隊である。自衛隊は前線で感染者の救助に当たったり、患者を自衛隊病院で診療したりして、各種のリスクはあったはずなのに、一人も感染者を出さなかった。ダイヤモンド・プリンセス号に対応したとき、厚労省の職員は複数名が感染したが、自衛隊からは出なかった。感染症対策というのは、当たり前のことを徹底してやっていくことになる。

自衛隊の場合は、地道な活動を続けていかないと組織の存在価値が下がるという意識が徹底している。

 

感染症

感染症の専門的な業績もない人が、専門家である人に批判的な動きをしている。

新型コロナによって政府からの研究費などの流れが変化することを見越しての言動ではないかと勘繰る。

感染症というのはどちらかというとマイナーな分野で、医学部本流の儲かる分野ではない。医学系の方々の研究費は数億円単位が普通であり、実力と予算を比例的に考えるような発想が強いようである。 舛添要一氏が感染症は医学部の中で人気がない。優秀な学生は感染症分野には進まないといっている記事もある。

 

医系技官

医系技官とは、医師免許を持っているキャリア官僚のことである。研究費の配分に力を持っていて、特に厚労科研と呼ばれる厚生労働科学研究補助金の運用に、医系技官の影響力が働くと言われている。数千万単位、億単位の予算が降りてくる。これは厚生省の裁量次第なので、それが欲しさにみんな厚生省に楯突かないようにしているという記事もある。 

 

SIRモデル

西浦先生の計算式は、いわゆるSIRモデルが原型になっている。西浦先生が存外研究をされたインペリアル・カレッジのファーガソン教授は有名な方で、イギリス政府の政策にも影響を与えたが、後にボリス・ジョンソン首相とともにかなり批判された。これは全てSIRモデルの有効性の問題である。SIRモデルのSは感受性保持者、Iは感染者、Rは免疫保持者、あるいは隔離者のことである。この三つの相関関係をもとに、感染拡大の予測をしていくのがSIRモデルである。

 

民営化問題

製作工房の原英史さんなどが提唱しているが、民営化問題に関して中途半端な状況である。日本には政府系金融機関が4つもあるが、これらも80年代に民営化しておかなければならなかった。

国鉄やNTTなど、惨状極まっていたところは民営化したが、郵政の民営化は2000年代にまでずれ込んだ。UR都市機構の民営化も必要なのだが、民間委託は進んでいるものの、まだ民営化には至ってない。この事業を官僚主体でやる必要があるのか疑問である。戦後の焼け野原の時代なら、住宅を大量に供給することが不可欠であるが、いまは昔の話である。

 

在庫統計

中国のデータは信用できない。中国には在庫統計がない。だから輸入したものを作って全部積み上げておき、それが売れなくてもGDPには反映される。GDP三面等価といって、生産と消費と分配がカウントされる。そういう意味でいうと、たくさん作れば生産分野では伸びたことになる。でも在庫統計がないので、本当に消費されたかどうかはわからない。消費、もしくは投資したことになっている。

失業率も、発表以上に悪くなっている可能性がある。中台證券という証券会社がこの3月ぐらいの段階で、失業者がすでに6000万人以上とのレポートを発表している。

 

価値観外交

日本にとって意味のある外交安全保障政策とは、国際社会での日本の位置付けを安定的なものにしていくことである。

安倍前総理は自由主義的な価値観を語りました。自由の素晴らしさを守り、法の支配を確立し、国際秩序を形成していくために貢献するという姿勢、これは従来の日本人が苦手にしていた国際社会の価値規範に対するメッセージを積極的に行ったものだと評価できる。これが価値観外交である。

これによって自由主義陣営の各国から、重要なパートナーと見なされるようになった。

 

日本学術会議

日本学術会議は強い共産党の影響下にあった団体である。現在では共産党系の学者が常に一定の割合で存在する仕組みになっている。任命拒否にあった6名の学者のうち3名が、共産党系の民主主義科学者協会法律部会(民科)に属する法学者の方々である。2017年に日本学術会議が軍事的安全保障研究に関する声明を発して、全国の大学に軍事安全保障に関わる研究をしないように働きかける影響力を行使していった際、声明文の起草に当たった委員会にも、2名の民科の法学者が入っている。

2017年の声明は、1950年の戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない声明の伝統を改めて継承するという内容になっている。まだ自衛隊も創設されていない時期の占領下の日本において採択された声明の伝統を、70年近くたって改めて再確認しようというのですから、大袈裟である。2017年の声明は、日本学術会議の総会ではなく12名の出席者の幹事会で決定されたもので、同会議内に存在していただろう異論もやり過ごされた形である。

 

 

憲法9条

憲法9条の意図は、国際法を順守して、国際の平和と安全に寄与することである。武力行使を禁止した国際法の遵守を、日本は国内法でも宣言した。それが9条1項の戦争放棄の明記である。

第1項では国権の発動たる戦争という文言が入っているが、これは1928年のパリ不戦条約で違法化されている行為のことである。国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇又は武力の行使は、1945年に発効した国連憲章2条4項で禁止されている。

このように9条1項が、国際法の遵守を文言で明確に表現しているとすれば、そこで前提にされている法秩序が、国際法に沿ったものであることは、自明である。不戦条約も国連憲章もともに、自衛権を否定していない。なぜなら侵略行為に対する対抗措置としての自衛権は、侵略を抑止し、国際法秩序を維持していくために、必要不可欠な制度である。

9条2項の戦力不保持とは、ウォーポテンシャル、つまり戦争の潜在力を持たないという意味である。元々1項で戦争は違法だと決めているから、その違法行為である戦争をするための潜在力を持たないのも自明である。

9条は、1項と2項と合わせて一つのこと、つまり国際法を遵守するということを言っている。

 

自衛権

自衛権は戦争をする権利という意味ではない。国際秩序を守るために、違法行為に対する対抗措置をとるときにときに使う概念が、自衛権である。国際法秩序を守るためには違法行為に対する対抗措置を制度的に保障しておくことが必要であり、それが自衛権と集団安全保障である。

 

選挙制度改革

日本では小選挙区制が導入されたものの、まだ中途半端である。完全小選挙区制ではないからである。これは衆議院の第1党に多くの議席を配分する仕組みである。選挙によって国民の負託(ふたく)を受けた政党に、実施したい政策を実施する権利を与えるのが、その趣旨である。

しかし、比例代表例と並立したために、いまだに社民党といった時代遅れの戦力が残っている。彼らは自分たちが政権を取ろうと考えていないので、自分たちの固定ファンに訴えることに終始する。現実に即した政策を提言せず、いつも固定ファンに向けたことだけを言って、政権アンチの票を集める。それが彼らの唯一の生き残り策である。

 

下記書籍参照