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『イスラム教再考 18億人が信仰する世界宗教の実相』 感想

 

概要

イスラム教を徹底的に再考することを通じてイスラム研究者のうそと欺瞞を暴き、イスラム教徒とのあるべき共生の道筋を示すことにより、日本が第二のヨーロッパとなるのを阻止することである。

 

伝統的社会の破壊

20世紀後半以降多くの移民、難民を受け入れたヨーロッパでは、多様性のある社会の代わりにイスラム化の進んだ分断社会が生まれ、伝統的社会は破壊された。なぜなら新たにヨーロッパに住み始めた外国人の多数派がイスラム教であり、彼らの多くはヨーロッパの近代的価値観を受け入れることなく、イスラム的価値観を堅持したからである。

 

グローバリスト

グローバリストは自身の利益の最大化だけに関心があるので、日本が破壊され日本人が消滅しようと気にも留めない。彼らにとっては、円滑な商売の障壁となる国境などない方が好都合である。

 

ドイツ

移民を大量に受け入れたドイツのメルケル首相は2010年、多文化社会を築き、隣り合って暮らし、お互いの文化を享受するというアプローチは、言うまでもなく失敗しました。完全な失敗ですと認めた。

 

 

平和

イスラム教における平和は、私たちが考える平和とは全く異なる。一般的に平和というのは戦争のない状態を意味するが、イスラム教は全世界がイスラムによって統治された時に初めて平和がもたらせると考える。

 

ジハード

イスラム教には、ジハードという教義がある。

全世界をイスラム支配下におき、世界に平和をもたらすために必要不可欠な義務として規定されているのがジハード、すなわち神の敵との戦争である。

 

教とは付けず

日本のイスラム研究業界においてはイスラム教のことをイスラム、あるいはイスラームと呼ばなければならないというルールがある。

 

安保法案に反対

東京大学名誉教授であり日本中東学会会長などを歴任した板垣雄三と弟子筋にある人とともに、安全保障関連法に反対する学者の会の賛同者に名を連ねている。

同賛同者には他にも多数の中東やアラブ、イスラム研究者の名が確認されている。同会の呼びかけの人たちは、同法案が成立すれば、我が国は立憲国家でなくなり、専制が始まり、世界中に敵が出来る、日本が海外で戦争する国になるのは避けられない、戦後民主主義を根元から破壊すると主張したが、同法の成立から5年が経過した今も、日本で専制が始まり、世界中に敵ができ、日本が海外で戦争し、民主主義が破壊されたという事実はない。

 

イメージ戦略

イスラム研究者は、日本と欧米を否定する一方でイスラームこそ解決と主張する。それを補う上で重要な役割を果たすことが期待されるのがイスラム、あるいはイスラームという呼称である。

イスラム教から教を取り去ることで単なる宗教ではないというイメージを付与し、さらにイスラームとアレンジすることで、それは日本や欧米に毒されていない特別に素晴らしいもので、近代にとって代わる可能性のある唯一の選択肢であると錯覚させる効果が期待される。

 

宗教による差別

イスラム的共存は宗教による差別を大前提として共存である。コーラン第3章19節には、神の御許の宗教はイスラムのみとある。故にイスラム教は、イスラム教徒と異教徒を峻別し、真の宗教たるイスラム教を拒絶する異教徒を公然と差別する。

 

イスラム教において異教徒は基本的には屈服させるべき敵、殺すべき対象である。なぜならコーラン第4章101節は異教徒をあなたがたの公然たる敵とし、第9章20節は彼らが手ずから頭税(ジズヤ)を納め、屈服するまで戦えと命じている。

 

棄教

イスラム教はイスラム教徒が信仰を捨てること(棄教)、他の宗教に改宗することを一切認めていない。預言者ムハンマドの宗教を変えた者は誰であれ殺せというハディースなどを根拠に、教義上、棄教は死罪とされている。

 

冒瀆は許さない

イスラム教は異教徒が預言者ムハンマドコーランを冒瀆することを決して許さない・

日本では2001年、富山県コーランが破り捨てられる事件が発生し、在日イスラム教徒数百人が警察につめかけて抗議し、富山県だけでなく東京でもデモを行い、許しがたい冒瀆などと記した上申書を外務省に手渡すという騒動に発展した。

 

イスラム的共存

宗教による差別を撤廃した近代国家において、差別を前提とするイスラム的共存を理想的だと賛美することはすなわち、差別の正当化を意味する。

パキスタンの学校で使用されている教科書には、ヒンドゥー教徒など宗教的少数派への差別や偏見を助長する記述に加え、ジハードや殉教の奨励、戦争や武力行使の賛美、歴史的事実の歪曲などが数多く含まれている。

 

 

イスラム教とイスラム主義

イスラム過激派テロの原因は何よりもイスラム教の宗教イデオロギーに求められる。テロとの戦いの最前線に立つ各国の治安当局やイスラム教指導者たちにとって、それは常識である。

イスラム主義とイスラム教は分けて考えなければならない。

イスラム教の教義は確かに、イスラム教による世界征服を信者に義務づけている。しかしイスラム教徒の大多数はそれを信じても、ジハードを実行することはない。イスラム主義はそれを咎めイスラム教徒はいつどこにいようとイスラム教の全教義を実践しなければならないと促すイデオロギーである。

 

イスラム過激派

イスラム研究者は在欧イスラム教徒がテロに走る例ばかり強調するが、米シンクタンク戦略国際問題研究所の2018年の報告書にあるように、世界に最大23万人いるとされるイスラム過激派戦闘員のほとんどは、イスラム諸国にいる。

イスラム諸国において、イスラム教徒がイスラム教徒であるという理由で社会から疎外されたり差別されたりすることはない。要するにイスラム過激派テロの原因は社会にある論者にとって、イスラム諸国の事例は不都合である。

イスラム研究者は、イスラム過激者テロリストの多くは中流から上流階級の出身で教育レベルも高い、という事実を隠蔽している。

世界銀行は2016年、貧困や教育レベルと過激派やテロリストになることの間には相関関係がないとする報告書を公開した。

 

ヒジャーブ

イスラム教徒女性というと、ヒジャーブと呼ばれるスカーフで髪と首元を覆い隠した姿を思い浮かべる人もいる。

日本ではこうした覆いについて、ヒジャーブはイスラム教徒女性の自由と解放の象徴だと賛美する趣旨の言説が流布している。

 

宗教的義務

ヒジャーブ着用は宗教的義務である。

イスラム法学者は、イスラム教徒女性のヒジャーブ着用が義務である旨で合意している。イスラム法学においては、ある問題について法学者たちの見解が一致している場合、その合意には啓示に次ぐ権威が認められていると決まっている。

またヒジャーブとネクタイは全く違う。ヒジャーブ着用は宗教的義務であり、ネクタイ着用は社会的慣例である。日本人男性はネクタイ不要の職業選択する自由も、ネクタイ外す自由もあるが、イスラム教徒女性には基本的にこうした選択の自由は一切ない。

 

表現の自由

イスラム教徒の多数派は表現の自由を否定する。自由社会では宗教や神、予言者を批判したり、風刺にしたりすることも表現の自由に含まれるが、イスラム教の教義はそうした行為は冒瀆であり死罪に相当すると規定している。

 

名誉殺人

イスラム諸国やイスラム教徒の多くは名誉殺人に寛大な立場をとる。名誉殺人とは、女性親族が家族の名誉を汚す行動をしたり、そう噂されたりした場合に、家族の名誉を回復させるために男性親族が当該女性を殺害する行為である。

国連は2000年に、世界では年間約5000件の名誉殺人が発生しているという推計を発表したが、名誉殺人は自殺として処理されたり隠蔽されたりすることも多く、正確な件数は不明である。

 

アメリカ・イスラム関係評議会

イスラモフォビアという言葉は、イスラムにフォビア(嫌悪)を合わせた造語である。

アメリカ・イスラム関係評議会(CAIR)である。CAIRは、アメリカにはイスラモフォビアが蔓延(まんえん)しイスラム教徒は不当に多くのヘイト犯罪や差別の被害にあっている、喧伝(けんでん)しているイスラムロビー団体である。

しかしアメリカ国内における宗教を理由とするヘイト犯罪の標的として最も多いのは、2001年以前も以降も一貫してユダヤ教徒である。

 

不文律

日本のイスラム研究業界には、イスラム研究者は反体制的でかつイスラム好きのイスラム擁護論者でなければならないという不文律がある。

この業界では、業界のテーゼであるイスラームこそ解決に対する如何なる異論も反論も認められていない。

 

イスラム過激派の活動

日本にはイスラム過激派が活動する余地がある。立命館アジア太平洋大学に留学するために来日し、日本人女性と結婚して日本国籍を獲得し、立命館大学准教授にまでなったバングラデシュ出身のモハメド・サイフラ・オザキは、日本でイスラム教に改宗して過激化し、日本にいながらにしてイスラムバングラデシュ支部の指導者として数々のテロ攻撃を指揮し、のちシリアでイスラム国に合流し有志連合軍に拘束された。

 

第二のヨーロッパ

日本には日本の法があり文化がある、日本に暮らす以上それを遵守しなければならない、と言わなければならない場面もある。イスラム教徒の気持ちやそれを大袈裟に書き立てるメディアの圧力に屈し、あるいは配慮し、次々と彼らの要求を受け入れるならば、日本も第二のヨーロッパとなる。

 

論点ずらし

イスラム教という宗教の教義と個人としてのイスラム教徒を一体的に考えるのは誤りであるという点である。イスラム教に暴力的な教義があることを指摘することは、あらゆるイスラム教徒は暴力的であると決めつけることとは全く異なる。このような論点ずらしは、イスラム教についての批判的言論を封じ込め、イスラム教による世界征服への地ならしをしようとするイスラム主義者やイスラム研究者の詐術である。

 

アブラハム合意

イスラエルUAEバーレーンが2020年9月に国交正常化条約に調印したことで、中東和平が一歩大きく前進したという事実がある。アラブ諸国はこれまで、パレスチナには国家樹立の正当な権利があるというパレスチナ大義を重視し、占領者イスラエルとの外交関係構築を拒絶してきたが、米トランプ大統領パレスチナを介入させないというかつてないやり方で和平を仲介した。この合意は、預言者アブラハムという共通のルーツを有する二つの宗教の和解という意味で、アブラハム合意と名付けられた。

アブラハム合意の締結は、日本をはじめ多くの国がこれを公式に祝福した。

ところが日本のイスラム研究者は違う。彼らは日頃中東和平を実現せよと主張してはいるものの、アメリカとイスラエルを罵倒し、反米、反イスラエル組織や国家を称えるのが既定路線なので、アメリカ仲介によってイスラエルイスラム諸国が和解し、中東和平など実現されては困るからである。

 

下記書籍参照