スーパースターブログ

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『嫌われる勇気』 感想

 

概要

本書は、フロント、ユングと並ぶ心理学の三大巨頭と称される、アルフレッド・アドラーの思想を青年と哲人の対話篇という物語形式を用いてまとめた一冊である。

 

トラウマは存在しない

アドラー心理学は、トラウマを明確に否定する。

アドラーはトラウマの議論の否定する中で、こう語っている。如何なる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショックーいわゆるトラウマーに苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである。

 

人は変わらないという決心している

アドラー心理学では、性格や気質のことをライフスタイルという言葉で説明する。

その人が世界をどう見ているのか。また自分のことをどう見ているか。これらの意味づけのあり方を集約させた概念が、ライフスタイルだと考える。

アドラー心理学では、ライフスタイルは自ら選びとるものだと考える。もしもライフスタイルが先天的に与えられたものではなく、自分で選んだものであるのなら、再び自分で選び直すことも可能である。

あなたが変われないのは、自らに対して変わらないという決心を下しているからである。

新しいライフスタイルを選んでしまったら、新しい自分になにが起きるかも分からないし、目の前の出来事にどう対処すればいいかも分からない。つまり人は、いろいろ不満はあったとしても、このままのわたしでいることの方が楽であり、安心なのである。

 

勇気の心理学

アドラーの心理学は、勇気の心理学である。あなたが不幸なのは、過去や環境のせいでない。ましてや能力が足りないのでもない。あなたには、ただ勇気が足りない。いうなれば幸せになる勇気が足りていない。

 

あなたの人生はいま、ここで決まる

アドラーの目的論はこれまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もないといっている。自分の人生を決めるのは、いま、ここに生きるあなたなのだと。

 

すべての悩みは対人関係の悩みである

アドラーは人間の悩みは、すべて対人関係の悩みであるとまで断言している。

個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しない。どんな種類の悩みであれ、そこには他者の影が介在している。

 

不幸であること

不幸であることによって特別であろうとし、不幸であるという一点において、人の上に立とうとする。病気になったとき、怪我をしたとき、失恋で心に傷を負ったときなど、少なからず人がこのような態度によって特別な存在であろうとする。自らの不幸を武器に、相手を支配しようとする。

アドラーはわたしたちの文化においては、弱さは非常に強くて権力があると指摘しているほどである。

 

人生は他者との競争ではない

誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのである。もちろん、他者との自分を比較する必要もない。

健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、理想の自分との比較から生まれるものである。

われわれが歩くのは、誰かと競争するためではない。いまの自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値があるのである。

 

怒り

怒りとはコミュニケーションの一形態であり、なおかつ怒りを使わないコミュニケーションは可能なのだ、という事実である。われわれは怒りを用いずとも意思の疎通はできるし、自分を受け入れてもらうことも可能である。それが経験的にわかってくれば、自然と怒りの感情も出なくなる。 

 

人生のタスク

アドラー心理学では、人間の行動面と心理面のあり方について、かなりはっきりとした目標を掲げている。

行動面の目標は自立することと社会と調和して暮らせることの2つ。そしてこの行動を支える心理面の目標がわたしには能力があるという意識、それから人々はわたしの仲間であるという意識である。

アドラーは人生の過程で生まれる対人関係を仕事のタスク、交友のタスク、愛のタスクの3つに分け、まとめて人生のタスクと呼んだ。

 

仕事のタスク

距離の深さという観点から考えると、仕事の対人関係はもっともハードルが低いといえる。仕事の対人関係は、成果というわかりやすい共通の目標があるので、少しくらい気が合わなくても協力できるし、協力せざるをえないところがある。そして仕事の一点によって結ばれている関係である限り、就業時間が終わったり転職したりすれば、他人の関係に戻れる。

 

交友のタスク

これは仕事を離れた、もっと広い意味での友人関係である。仕事のような強制力が働かないだけに、踏み出すのも深めるのもむずかしい関係になる。

 

愛のタスク

ひとつは、いわゆる恋愛関係である。そしてもうひとつが家族との関係、とくに親子関係になる。仕事、交友と続いてきた3つのタスクのうち、愛のタスクがもっともむずかしい。

 

課題の分離とは

われわれはこれは誰の課題なのか?という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要がある。そして他者の課題には踏み込まない。

およそあらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に二足で踏み込むことーあるいは自分の課題に土足で踏み込まれることーによって引き起こされる。

 

自由とは

他者から嫌われたくないと思うこと。これは人間にとって、きわめて自然な欲望であり、衝動である。近代哲学の巨人、カントはそうした欲望のことを傾向性と呼んだ。

ここでの結論は、自由とは、他者から嫌われることである。

幸せになる勇気には、嫌われる勇気も含まれる。

 

共同体感覚

課題の分離は対人関係の出発点である。じゃあ、対人関係のゴールはどこにあるのか。

結論は、共同体感覚である。

他者の仲間だと見なし、そこに自分の居場所があると感じられることを、共同体感覚という。

 

勇気づけ

介入とは他者の課題に対して、土足で踏み込んでいくような行為のことである。それでは、なぜ人は介入してしまうのか?その背後にあるのも、じつは縦の関係なのである。対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低く見ているからこそ、介入してしまう。

一方援助とは、大前提に課題の分離があり、横の関係がある。勉強は子どもの課題である、と理解した上で、できることを考える。具体的には、勉強しなさいと上から命令するのではなく、本人に自分は勉強ができるのだと自信を持ち、自らの力で課題に立ち向かっていけるように働きかける。

こうした横の関係に基づく援助のことを、アドラー心理学では勇気づけと呼ぶ。

 

自己受容

自己へ執着を他者への関心に切り替え、共同体感覚を持てるようになること。そこで必要になるのが、自己受容と他者信頼、そして他者貢献の3つになる。

自己受容とは、仮にできないのだとしたら、そのできない自分をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいく。

変えられるものと変えられないものを見極めるのである。われわれはなにが与えられているかについて、変えることはできない。しかし、与えられたものをどう使うかについては、自分の力によって変えていくことができる。だったら変えられないものに注目するのではなく、変えられるものに注目するしかない。

自己受容とは、そういうことである。

 

他者信頼

対人関係の基礎は信用ではなく信頼によって成立しているのだ、と考えるのがアドラー心理学の立場になる。

他者を信じるにあたって、いっさいの条約をつけないことである。

 

他者貢献

仲間である他者に対して、なんらかの働きかけをしていくこと。貢献しようとすること。それが他者貢献である。

つまり他者貢献とは、わたしを捨てて誰かに尽くすことではなく、むしろわたしの価値を実感するためにこそ、なされるものなのである。

 

普通であること

アドラー心理学が大切にしているのが、普通であることの勇気という言葉である。

普通を拒絶するのは、おそらく普通であることを無能であることと同義でとらえている。普通であることとは、無能なのではない。わざわざ自らの優劣性を誇示する必要などないのである。

 

ダンスするように生きる

人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのである。

ダンスにおいては、踊ることそれ自体が目的であって、ダンスによってどこかに到達しようとは誰も思わない。無論、踊った結果としてどこかに到達することはある。踊っているのだから、その場にとどまることはない。しかし、目的地は存在しない。

目的地に到達せんとする人生はキーネーシス的な人生ということができる。ダンスが踊るような人生はエネルゲイア的な人生といえる。

一般的な運動ーこれをキーネーシスというーには、始点と終点がある。その始点から終点までの運動は、できるだけ効率的かつ速やかに達成されることが望ましい。

そして目的地にたどり着くまでの道のりは、目的に到達していないという意味において不完全である。それがキーネーシス的な人生である。

一方、エネルゲイアとは過程そのものを、結果と見なすような動きと考えてもいい。ダンスを踊ることもそうですし、旅などもそうである。

 

人生最大の嘘

人生における最大の嘘、それはいま、ここを生きないことである。

過去も未来も存在しないのですから、いまの話をしよう。決めるのは、昨日でも明日でもない。いま、ここである。

 

無意味な人生に意味を与えよ

人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものである。しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる。あなたの人生に意味を与えられるのは、他ならぬあなただけなのだ。

そこでアドラー心理学では、自由なる人生の大きな指針として導きの星というものを掲げた。

他者に貢献するのだという導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。

わたしが変われば世界が変わってしまう。世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただわたしによってしか変わりえない、ということである。

 

下記書籍参照