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『イスラム教の論理』 感想

 

概要

現代のイスラム教にとって世界はどのように見えているのか、そしてそれは私たちの世界認識とどのように異なっているかを、具体的な事例から解き明かす試みである。

本書は、日本人が疑問を抱きがちな点にひきつけてイスラム教の教義を解説し、世界の様々な現象が発生するメカニズムの一端を明らかにする試みでもあります。

 

イスラム法学者

イスラムスンナ派には宗教を司る最高権威者や権威機関は存在せず、宗教的権威は集団としてのイスラム法学者にあるとされている。彼らの仕事は、神の法たるイスラム法を解釈し判断を下すことである。イスラム教には、信者が困った問題を抱えるとイスラム法学者のところに相談に行くという伝統がある。

イスラム法の文脈では、ある法学者の導き出した判断が異なるのは自然なことであり、解釈がひとつに定まらないことを否定的にとらえることはない。むしろその多様性は、神の恩恵として肯定されてきた。

 

アズハル

エジプトで最高権威とされているのは、イスラム教育と研究を担うアズハル機構である。

エジプトの活動家イスラム・ベヘリーは2017年4月、「過去5年間に発生したテロ事件の70〜80%はアズハルの産物」と述べるなどアズハルを辛辣に批判し、エジプト政府はアズハルに頼らないイスラム改革を行うべきであると提言している。

 

カリフ

カリフが神の立法したイスラム法にもとづいて統治を行い執行権を行使する、これがイスラム教において正しいとされる政治のありかたである。

1924年に最後のカリフが退位し、イスラム教徒は服従すべき正当な指導者を失う。そして100年近いカリフ不在時代を経て、2014年にカリフ制再興宣言を行ったのが「イスラム国」である。

 

共鳴者

スウェーデン諜報機関長官によると、同国内の「イスラム国」共鳴者は2010年には200人程度だったのか、2017年には2000人にまで増加した。

イスラム国」は私たちの考えるような過激派組織ではなく、イスラム教の理念の体現者であり、その支配する土地は地獄ではなく、理想郷である。

 

異常事態の解消宣言

イスラム教の最終目標は、全世界のイスラム法によって統治下におくことである。これは全イスラム教徒共通の目標であり、過激派であろうと穏健派であろうと目指すところは同じである。

異教の地に暮らすイスラム教徒には、イスラム法によって統治されている地への移住、すなわちヒジュライスラム法によって統治されている土地への移住)が義務づけられている。しかし「イスラム国」の樹立まで、そもそも地球上にはイスラム法によって統治されている土地が存在していない。

イスラム国」樹立宣言はこのカリフもいない、ヒジュラの地もないという異常事態の解消宣言でもあったのである。

 

神の代理人

イスラム教では、ものごとの善悪、正否の判断基準は神だとされている。従って実際に判断を下すにあたって最強の論拠とされるのは神の言葉たるコーランであり、その次に強いのが預言者ムハンマドの言行録だとされている。

コーランでは人間は地上における神の代理人とされており、ゆえに人間は神の意思を地上で代行しなければならない、というのがイスラム教信仰の要である。

 

平等ではない

イスラム教の教義ではそもそも、イスラム教と他の宗教との平等を規定していない。

イスラム教の教義においてはイスラム教が唯一正しい宗教であり、その他の宗教は過った宗教、劣った宗教だとされている。他方インドネシアの法律は、イスラム教を含む6つの主教の平等を規定している。インドネシアという国においてはこの法律に従うことが国民に課せられたルールであり、イスラム教の教義を持ち出すことはルール違反である。

 

イスラム教的に正しい

コーランハディースにもとづく正しい教義を学ぶと、過激派の主張もイスラム教的に正しいということがおのずとわかる。過激派はイスラムではないと主張する人は、イスラム教の教義を学んだことがないため知らないでそう主張しているか、教義を熟知した上で戦略的にそう主張しているかのどちらかである。

 

理想郷

イスラム国」にせよ他のイスラム過激派組織にせよ、彼らのプロパガンダに共通しているのは、自分たちこそが最も正統なイスラム教の護持者、実施者であるという主張をしている。

例えばあるフランス人戦闘員は「世俗法の施行されているフランスでは正しくイスラム教を実践することができなかった、ラッカに移住して初めて正しいイスラム教徒になれたと感じた」と語っている。

彼らにとって「イスラム国」は、恐怖政治が敷かれた有志連合の銃弾が雨霧のごとく降り注がれる地獄ではなく、心の底から微笑むことのできる理想郷なのである。

 

脅威がなくならない理由

イスラム国」の脅威がなくならない理由としては第一に、「イスラム国」勢力がこれまでよりもわかりにくいかたちで拡散し始めていることがあげられる。「イスラム国」はシリア、イラク国外に8つの州の設立を宣言していますが、州の設立宣言には至っていないものの「イスラム国」の存在が着実に増している地域は世界中に10箇所以上ある。

第二に、「イスラム国」がテロを実行する範囲が確実に拡大していることがある。彼らは常に敵の本土の中心部を狙うと宣言しており、ヨーロッパ諸国の主要都市で繰り返しテロを実行している。

第三に、まだテロが発生していないものの、当局が「イスラム国」戦闘員を拘束したりアジトを摘発したりしている国が増加していることがあげられている。

 

日本人には理解しにくい

日本人は概ね、宗教というのは個人の心の内面に関与し世界の平和に貢献するものだと考える傾向にある。個人の行動に関与し世界を戦いへと駆り立てるような宗教は宗教ではない事になる。

イスラム教はまさしく信者の行動を規定し、イスラム教による世界征服を目的とする宗教だから、日本人的感覚で見ると、そんなものは宗教とはいえない、といったリアクションがひきおこされる。日本の中東イスラム研究者や日本人イスラム教徒がイスラム教は平和の宗教と連呼する理由の一つは、そう宣伝しないと日本人にはイスラム教が理解できないし、受け入れられないと考えている。

 

イデオロギー

シリアのラッカには反「イスラム国」活動を展開する「ラッカは沈黙のうちに虐殺される」という組織は、同組織が常々強調しているのも「イスラム国」との戦いはイデオロギー戦だという点である。「イスラム国」を軍事的に滅亡させたとしても、「イスラム国」のイデオロギーを滅亡させなければ、遅かれ早かれ新たな「イスラム国」が出現する、というのが彼らの主張です。しかし1400年にわたって培われ18億人が信奉するイスラム教のあり方を根本的に変えなければならず、これは何をどう変えればいいのか誰にも分からない。

 

イスラム教の増加

2017年に発表されたビューリサーチセンターのリポートによると、2015年時点で世界の総人口に占めるイスラム教徒の割合は24%であるが、2060年には世界人口の31%がイスラム教徒、2100年には35%がイスラム教徒、34%がキリスト教徒となって順位が逆転するとされている。つまり22世紀になると、世界最大の宗教勢力がイスラム教徒なる。

 

ジハード

ジハードは義務だが、通常イスラム教徒の一部が遂行すればよい集団義務であると規定されている。

しかしジハードが全イスラム教徒にとっての義務となる場合もある。それはイスラム教徒の土地に不信仰者が侵入してきた場合、イスラム教徒の軍と異教徒の軍とが見えた場合、カリフが特定の個人や集団にジハードへの召集をかけた場合などである。「イスラム国」などのイスラム過激派は、現在イスラム共同体は危機的状況であると捉えているため、ジハードは全イスラム教徒にとっての義務であると主張している。

 

自殺は禁止

イスラム教では自殺を禁止されている。

イスラム国」を始めとする過激派は、異教徒との戦いの手段として頻繁に自爆という手法をとることで知られていますが、これが彼らにとって自殺ではなくあくまで殉教であることは、彼らがアラビア語で自爆攻撃のことを殉教攻撃と称している点からも理解できる。

 

民主主義よりずっと優れた

イスラム教は、宗教というよりは民主主義と対立する価値基準として認識したほうが理解しやすい場合というのが多々ある。イスラム教指導者ラエド・ハラヘルが、「イスラム教は民主主義よりずっと優れた世界一の価値基準だ」と述べていることからも理解されている。

 

人生を楽しむという発想はない

啓示の文言なイスラム教徒には、神のことなどすっかり忘れて人生を楽しむという発想はない。現世では侵攻して善行に励むことが肝要なのである。イスラム教において善とは神が命じたことだから、善行に励むとは神の命令にひたすら従うことを意味する。

 

下記書籍参照