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『決定版 日本書紀入門』 感想

 

令和と万葉集

中国は清朝を最後に元号を廃止し、朝鮮半島は中国に朝貢していたので、そもそも独自の元号を持つことが許されない。元号は現在では世界で日本しか使っていない。

第二十一代雄略天皇が方針を定め、聖徳太子の目指した律令国家が完成したのが701年。その過程で645年に、大化という独自の元号を立てた。

令和は、『万葉集』巻五、三十二首の梅花の歌の序文「初春の令月にして気淑く風和ぎ・・・」の「令月」の「令」と「風和ぎ」の「和」から取ったものである。

 

日本書紀

日本書紀』の最大の特徴は、正史であるということである。様々な歴史書がある中で、正史であることは大きな特徴である。正史とは国家が編纂する公式な歴史書のことを指している。

 

民共

「君民共治」の国柄がある。「国民主権」が謳われる日本国憲法でさえ、天皇の国事行為を定めた第六〜七条を見れば、天皇なしには内閣総理大臣も任命できず、政令・条約を公布することも国会を召集することもできず、全く政治が動かないことは一目瞭然である。

 

八紘一宇

神武天皇の建国にあたって「八紘為宇」という言葉が『日本書紀』に記されているけれども、ここから広まった「八紘一宇」(はっこういちう)という概念は、すなわち民主主義であり国民主権のことなのである。戦争に明け暮れた時代に神武天皇が現れて、日本人同士で争うのはやめようということをおっしゃった。これが建国の動機なわけである。

日本人が皆ひとつの家族で日本列島は私たちの家であるというのが「八紘一宇」の意味である。これはまさに国民主権の原理であり、民主主義原理である。

 

一書曰

グローバル歴史書の地位を確固たるものにしているのが、「一書曰」(あるふみいわく)という脚注といいますか別伝の紹介である。

「一書曰」は『日本書紀』の最初の方にたくさん出ている。これが、ひとつの物語にまとめ上げている『古事記』との大きな違いである。『古事記』は「別の本にはこんな指摘もある」という、別伝のようなものは一切取り入れていない。

それに対して『日本書紀』は、本文だけではなくて「ちなみにこういう見解もある」という形で「一書」がいっぱい紹介されているのが大きな特徴である。

 

大日本帝国憲法

憲法というのは思想信条を問わず、あまねく日本人に尊重してもらわなければいけないものだから、普遍性を持たねばならない。しかしながら、井上毅(いのうえこわし)は『古事記』『日本書紀』を軽視しているのかというとその真逆で、憲法を起草するうえで『古事記』『日本書紀』の精神をいかに取り込むべきかということに精力を傾け徹底して読み込んだ。そして実際、憲法にはあえて神話を持ち込まずに天皇の地位の根拠を説明した。

第一条「第日本帝国ハ万世一系天皇之ヲ統治ス」。

万世一系」(ばんせいいっけい)の、つまり天皇憲法よりも先だということである。だから天皇の地位の根拠は憲法ではない。

 

アメリ

アメリカが昭和17年5月の時点で「『日本書紀』という史書をいかにして日本人の教育や学問の研究の中から追い出していくかが大事だ」という趣旨を諜報機関の文書で書いている。日本人に『日本書紀』じゃまったく信用できない書物だと思わせることが、日本を二度とアメリカの脅威にならない大事な手立てのひとつであることを見抜いている。

 

現代日本

現代日本は『日本書紀』に基づいて動いている。その最たる例が祝日である。祝日法に定められた祝日のほとんどが『日本書紀』を土台とした、天皇や皇室に関係する祭儀や出来事が起源になっている。

日本人にとって重要な日だから、祝日になっている。

 

竈山神社

竈山神社は、敵との戦いで負傷して薨去(こうきょ)した五瀬命(いつせのみこと)の御陵で神霊を奉斎(ほうさい)したのが起源とされている。つまり国家の戦いで戦死した方を、今の靖國神社や各都道府県の護國神社のように神様としてお祀りするというのを建国前からやっている。

 

皇位継承

継体天皇皇位継承は、神武天皇のご即位以来初めての皇位継承の危機である。こうした事態をどう乗り越えるかというときに、男系を重視することがここで明確に示されたということである。

我が国最初の女性天皇は第三十三代推古天皇であるが、これは『日本書紀』にも書かれているとおり、先代の崇峻天皇(すしゅん)が蘇我馬子の手の者に弑逆(しいぎゃく)されてしまったという状況が前提にある。実はこの時、皇族の男子はたくさんいた。第三十一代用明天皇(ようめい)の皇子である聖徳太子もそうである。

つまり、どの男子が即位されても蘇我氏という権力者の孫や甥に当たるような状況だったのである。

推古天皇は第三十代敏達天皇(びたつ)の皇后で、そういう方が日本の歴史において女性であらせながら天皇におなりになったのは、それによって皇位継承の大混乱を避けるためである。

 

男性排除

皇位の男系継承を断とうとする勢力は皇室を滅ぼす意図を持って、持久戦・長期戦を展開してきている。

そうした勢力は、当初は女性・女系天皇容認を唱え、次に女性宮家創設と聞こえのよい文言を使って喧伝をし、反対すれば女性差別だとレッテルを貼る。しかし、差別というのであれば、女性ではなく、男性差別というべきである。

我が国では1300年以上前の藤原氏の頃から権力者が自分の娘を皇室に嫁がせる、すなわち民間の女性が皇族になることを受け入れてきた。

しかし、時の権力者は自分の息子を皇族にしたことは一例もない。男系継承は女性差別でなく、民間の男性が皇族になることの排除である。

 

血統

天皇の地位は、血統の原理がすべてである。

江戸時代に皇統の行く末を案じた新井白石世襲新王家(宮家)を三家から四家に増やした。その後明治時代に至って国力が増すとともに増設されて十四宮家となったのである。

宮家とは直系継承が行き詰まったときに天皇になる方を分家筋から出すために存在するものである。

各宮家は代々現在の天皇家との婚姻によって血の近さを保ってきた。

 

大日本史

水戸黄門こと水戸藩徳川光圀(みつくに)によって編纂された『大日本史』を通して、日本人が『日本書紀』との繋がりを取り戻したと言える。

江戸時代の人たちにとっても、改めて歴代天皇をリスト化されてこれだけ長いのかと気付かされ、何が日本を守ってきたのかということについて強烈に印象づけられてる内容である。

 

政教分離の原則

政教分離の原則について、目的効果基準という最高裁判例が出ている。

目的がどうなのか、効果がどうなのかで判断されるということである。結局憲法政教分離原則の目的が何かといえば、国家が特定の宗教を助長しあるいは弾圧したりすることをなくすことである。

その究極的な目的は内心の自由、つまり信教の自由を守るということである。

宮中で行われる祭祀や、天皇の代替わりに行われる大嘗祭日本国憲法にも定められている即位の礼と一体なので、政教分離原則の例外ということになる。

 

先人たちを仰ぐ

2000年以上の経験がある。これが歴史の浅い国だったら、いくら遡っても100年とか200年しかない。

西暦1776年に建国されたアメリカでもある。

日本以外のほとんどの国は、歴史を1000年〜2000年遡ってあのときはこうだったからといった教訓を得ようとしても、その1000年前、2000年前は別の国家だという話である。

日本人だけは、2000年前の歴史をそのまま同じ日本民族の所作として教訓にもできるというのが、いかにありがたい。

 

下記書籍参照